私の記憶をここに刻みます。


by komakishi

カテゴリ:昭和47年( 3 )

桜井から北外山 南屋敷へ引越しをしてきて
1年が経とうとしています。

名古屋(愛知県)は喫茶店が非常に多い。
どんな田舎へいってもかならず喫茶店がある。

私の実家の前、県道名古屋犬山線(旧国道41号線)
をはさんだ道路側、少し北上したところにある喫茶
店「ルパン」。


その強烈な店名、引っ越してすぐ憶えた。
私は子供なので一人ではいかないが、両親は店が始
まる前には必ず行った。

学校が休みの日曜は私も連れて行ってもらっていた。
そこには3姉妹いてとても綺麗な姉妹だったと記憶して
いる。小学校の低学年はよくこのお店にいって、漫画
をよんだりモーニングトーストを食べたり、名古屋独特
の鉄板に生卵をひいた「ナポリタンスパゲッティー」を
食べたり。

思い出がある。

その後、亡き父の近所付き合いの不器用さが出てあまり
行かなくなった。
私も避けていたわけではないが、年頃になると近所の店
には照れくさくて出入りしなくなるものだ。

でも子供の頃思い出の店でもある。

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近況。
2002年頃、突然、妻と尋ねた。
うれしいことに、暖かく迎えてくれた。懐かしい
心の中は涙があふれていた。
もっと早くこのお店に尋ねるべきだった。

この喫茶店「ルパン」は現在も営業中です。。
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by komakishi | 2005-05-23 00:19 | 昭和47年

子供に習い事をさせようとする親はいつの時代にもいる。
私が憶えている習い事。

確か、小学2年生頃だったと思う。親は書道塾と学習塾に通わせた。
字が汚いということと、自営業で子供に勉強を教える時間がない
ため勉強の癖をつけさせる意図ではなかったのかと今は思う。

書道塾、当時は習字と行っていたが、通ったのは友人の山本君の進めで、北外山のとある「火の見やぐら」のすぐ近くにあった貸部屋のような所であった。スーパのようなお店の裏手である。
ここへは週に1回(平日)、そし同じ書道の先生が小牧の旧155線のいっぽん入った所でも教えていた(日曜)。
私は両方通った。しかし、長続きしなかった。1年もたなかったと思う。私は子供の頃から落ち着きがなかったので、じっとしている書道(禅の一種らしい)は合わなかったようだ。

次に学習塾、場所は当時「けんじゅう」と呼んでいた北外山県営住宅のちかくへ通っていた。どんな塾かと言うと。ドリルと呼ばれる問題集を延々と子供に解かせる。わからないことは教える。回答もする。
いい意味で自主的学習、悪い意味でほったらかし。
現在の塾にくらべ手抜きもいいところだ(笑)

ここもすぐやめてしまったが、ここでの会話で。
「僕、大人になったら東京へ行く!」と行っていた。

なんだか。。。。たんなるお上りさんです。今でも。
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by komakishi | 2004-05-27 18:44 | 昭和47年
子供にとって、お正月は楽しみである、楽しみなのは正月というよりはお年玉。
まだTVゲームはコンピュータゲームがない頃、おもちゃと言えばプラモデル
であった(少なくとも私の中では)

このとき、プラモデルの中で私が特に気に入っていたのはサンダーバード2号。
値段は500円だったと思う。
2号は、お腹の部分にあるコンテナからいろんな乗り物が出てくる。これが子供心をくすぐった。

この当時、小牧の子供に「プラモデルをどこで買う?」と聞くと、ほとんどが「虎屋」もしくは小牧駅前のユニー(西川屋)かジャスコ(岡田屋)。しかし昔、正月はとても静かでそのようなお店はやっていない唯一開いているところ、それは戒蔵院境内にあるお店であった。
確かおばちゃんが一人でやっていたと思うが、正月は子供だらけみなでプラモデルを買っていた。今でこそこの戒蔵院という漢字を理解できるが、その当時「かいぞういん」のことを「改造員」と思っていたのは私だけかもしれない

##仮面ライダーの影響です。。汗。。


そんな戒蔵院も今ではお寺だけ、そもそも戒蔵院が「木造十一面観音菩薩立像」の文化財で有名なところとしったのは先ほどでした。。。
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by komakishi | 2004-05-18 19:30 | 昭和47年