私の記憶をここに刻みます。


by komakishi

昭和53年(1978年)夏 小牧市民プールで「お縄」

娯楽のあまりなかった小牧。
小牧市民プールは、小牧の南方にある。そして自宅からも近い。

中学1年の1学期末試験。
勉強があまり好きではなかった私。部活もないし早く帰ること
ができるこの時期。そして夏。

夏と言えば、プール これは当たり前である。

試験中、応時中学では「市民プールへ行ってはならぬ」という
「おふれ」が出ていた。

でも時間があって暑いので「そんなことは関係ない!」

てなわけで、友人の神野君と一緒に強行突破!

プールへはその「おふれ」が届いていないようなので、何も問
題なく入場できた。そして。水!! 壮快! 気持ちがいい!

何分たったのだろうか。。。何か市民プール内では不穏な雰囲
気が。。。。 

先生である、先生がパトロールに来ていた。

「馬鹿正直」な私は神野君と逃げた。。しかしあえなく「お縄」
となりきつ〜い注意をされてしまいました。

その後日。なんと他の友人も当日同じ時間にいたそうだ。でも
彼らは先生が来ていても「なにくわぬ」顔で泳いでいたので、
「お縄」にならなかったらしい。

「でも、待てよ?」

小牧市民プールでは、私が小学校の時、通常のプールで死亡事
故(*)がおきてしまったため、身分証を提出した上ではないと入
場できない。ということは身分証をおさえてしまえば、簡単に
つかまえることができるはずなのに。。

先生も頭を使っていないようですね。(笑)

小牧市民プールの想い出ネタをもう一つ。
現在は、小牧市 南スポーツセンターという一つの名称になったので
道路も整備され、ロッテリアや清水屋がある場所である。

この当時は道路は舗装されておらず。「お店」も市民プールの
前に1店のみ。
プールで遊んだ後その「お店」でパインアイスを買う。

これが至福の贅沢であった。

補足:
ここの思い出にある小牧市民プールは現在、南スポーツセンターの
水泳プールのことです。現在の小牧市民プールは温水プールをさ
します。



*市民プール死亡事故:昭和50年代の初頭に通常のプール(通称
:ふかいプール)で、肉屋の息子さんが亡くなった。
それ以来、通常のプールに入るには、泳録証(50m以上泳げますという
証明)が必要であった。
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by komakishi | 2005-06-01 13:15 | 昭和53年