私の記憶をここに刻みます。


by komakishi

昭和58年(1983年)冬 春日井のカフェバー”6V”(セイボルト)と小牧のまるや旅館

とにかく子供の頃から親元を離れたかった私。

当時、高校卒業後 音楽業界を目指すべく東京へ向かう決意は固かったのです。

両親(特に父)は、長男である私を近くにおいて置きたかったのでしょうか、ある日高校生である私をCafeBarへ誘いました。

場所は春日井市の八田町あたりだったと思います。

前面スケルトン張りで、非常におしゃれなお店、「なぜ父が?」と疑問に感じる程父とこの店が不釣合いだったことを思えています。

お店の中も間接照明をつかい、テーブルが数席とカウンターのみ、カウンターにはターンテーブルが2台あり、当時流行していたAORが流れていました。

そのお店には、私と父、そしてもう一人の若い方が。

その方は、現在、小牧市小牧にある「まるや旅館」の跡取りで、現在の四代目の主人でした。
その当時、父とこの方とは交流があったようで、よく話にも出てきました。そしてその方を選んだ理由が「東京から戻り、旅館に新しい風を入れるセンスを持った人」とのこと。

確かに、時の印象として、おしゃれな格好とワンポイントの髭がかっこかったのと、「どこか違う」という感じがしました。

その時の会話ですが、要約すると「音楽の道を真剣に考えるのならば、音大学へすすめ」と「東京は自分に強くなければ怖い」という内容。

で、結論。

私は東京へ向かう前に中部大学へ進学しそこでいろいろ学んだ後、結局東京へ上京したのであります。


もし、仮にこのまるや旅館の主人がこのBLOGをご覧になっても覚えていないでしょうね、悲しいかな。。。。
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by komakishi | 2004-12-07 15:05 | 昭和58年